平20(ワ)18840号 請負代金請求事件

裁判年月日  平成21年 9月14日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平20(ワ)18840号
事件名  請負代金請求事件
裁判結果  一部認容  文献番号  2009WLJPCA09148005

要旨
◆被告宅の改修工事を請け負った原告が、請負残代金等の支払を求めたのに対し、被告が、クーリング・オフによる契約解除等を主張して争った事案において、クーリング・オフによる契約解除の抗弁は、被告の重大な過失による時機に遅れた攻撃防御方法の提出であるが、訴訟の完結を遅延させることになったとは認められないから却下することはできないとした上で、被告は、原告の日常的な訪問による営業活動を受けながらも、自ら希望して原告に見積もりを求め、建築士に相談した上で、請負契約を締結したのであるから、本件契約は、被告からの請求によって被告の住居において締結された契約にあたり、クーリング・オフ規定の適用はないとした事例

参照条文
民法415条
民法632条
特定商取引に関する法律9条(平18法50改正前)
民事訴訟法157条
商法512条

裁判年月日  平成21年 9月14日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平20(ワ)18840号
事件名  請負代金請求事件
裁判結果  一部認容  文献番号  2009WLJPCA09148005

神奈川県川崎市〈以下省略〉
原告 株式会社マツモト建装
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 萱場健一郎
同 片山律
同 島田敬介
同 友澤太郎
神奈川県川崎市〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 長谷川健
同 細川健夫

 

 

主文

1  被告は,原告に対し,395万2494円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで,年6分の割合による金員を支払え。
2  原告のその余の請求を棄却する。
3  訴訟費用は,これを100分し,その3を原告の,その余を被告の各負担とする。
4  この判決は,第2項を除き,仮に執行することができる。

 

事実及び理由

第1  請求
被告は,原告に対し,406万6944円及びこれに対する平成19年6月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2  事案の概要
本件は,被告宅の外壁・屋上等の改修工事を請け負った原告が,合意に基づくと主張する請負残代金406万6944円と,工事完了翌日以降の商事法定利率による遅延損害金の支払を請求したのに対し,被告が,請負代金額に関する合意の成立を否認したほか,①当事者間の請負契約は原告の訪問販売によって締結された契約であるのに,原告は契約内容等を明らかにする書面を交付していないとして,平成18年法律50号(平成20年12月1日施行)による改正前の特定商取引に関する法律(以下「改正前特商法」という。)9条1項所定のいわゆるクーリング・オフによる契約解除の抗弁を,また②被告の施工工事内容に瑕疵及び外壁に関する美観保持特約(外壁タイルの部分的交換により,外壁タイルの色調光沢が,パッチワーク様に不統一となることを回避すべき特約)等の債務不履行があることを前提に,これらを原因とする530万円近い損害賠償請求権が存するとして,同債権を自働債権とする相殺の抗弁を,それぞれ主張して,請負代金支払義務を争った事案である。
第3  前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨(詳細は本文中の括弧内に示す。なお,争いのない事実であっても,基本的な書証等については本文中の鉤(かぎ)括弧内に表示した。)により,容易に認めることができる。
1  原告は,建築・リフォーム工事の請負等を主たる業務とする株式会社であり,被告は,その肩書地に所在する通称aビル(以下「aビル」という。)について,後記の改修工事(以下,aビルにおいて原告によって実施された工事〔外壁改修工事(タイルの貼り替えを含む。),屋上防水工事,ガラリ・フード交換工事,追加工事である電気工事・階段塗装工事・汚水枡交換工事〕を「本件工事」という。)を,原告に発注した者である(争いなし)。
なお,aビルは,3階建ての建物で,1階は被告の夫が経営する歯科医院,3階の一部は被告の自宅,その余の部分は賃貸用マンションとして,それぞれ使用されている(甲10)。
2  原告の営業担当の女性従業員B(以下「B」という。)は,平成15年ころ,aビル内の被告宅を,営業のため飛び込みで訪問して,被告との面識を得,aビルの外壁改修工事と屋上防水工事の工事費用につき見積書を提示したことがあったが,被告は,結局工事の発注をしなかった(争いなし〔原告準備書面1,被告準備書面(2)〕。
3  原告は,平成18年9月18日,被告に対し,aビルの外壁改修工事について工事費290万円(消費税別,ただし,タイル工事は足場調査後に相談の上提案),屋上防水工事について工事費290万円(消費税別,ただし,2階,3階ベランダは不明のため足場調査後に提案)との見積もり内容を記載した見積書を交付した(争いなし〔甲1の1,2〕)。
4  平成19年3月,被告宅を訪問したBと原告の間で,外壁改修工事,屋上防水工事の工程が決まり(甲10,乙6),被告は,遅くともその時までには,原告に対し,aビルについて,前記各工事の施工を口頭発注し(弁論の全趣旨〔訴状〕,被告本人〔11頁~〕),原告は,同月半ばにはaビルの外周に足場を組み始めて,外壁や屋上,ベランダ等の現場確認作業を始めた(弁論の全趣旨〔原告準備書面1〕)。
5  被告は,平成19年3月27日までには,原告に対し,aビル正面(東面)の外壁については,そのタイルを全面的に貼り替える方法で補修することを発注した(甲3,弁論の全趣旨〔原告準備書面1〕)。
6  また被告は,平成19年3月29日までには,原告に対し,aビルの外部防火ガラリ・フードの全部交換工事を発注した(甲4,弁論の全趣旨〔原告準備書面1〕)。
7  原告は,遅くとも平成19年3月30日ころから,aビルにつき,本件工事の施工を開始した(弁論の全趣旨〔原告準備書面1,被告準備書面(1)〕)。
8  原告は,平成19年3月31日,被告に対し,工事費総額を829万5000円(内訳・外壁改修工事290万円,屋上防水工事290万円,外壁タイル(東面全面貼り替え含む)工事168万円,外部防火ガラリ・フード交換工事43万円,値引き1万円,消費税を含めて,見積総額829万5000円)とする見積書を交付した(争いなし〔原告準備書面1,被告準備書面(2),甲7〕)。
9  被告は,平成19年4月3日,原告に対し,本件工事の請負代金内金として,300万円を支払った(争いなし)。
10  被告は,平成19年4月5日までには,原告に対し,aビルの1階北面の一部(エントランス横部分)の外壁についても,そのタイルを全面的に貼り替える方法で補修することを発注し,原告は,平成19年3月31日付けで交付した工事費総額の見積もりのうち,外壁タイル工事については,198万円に変更する新たな見積書を被告に交付した(甲8,弁論の全趣旨〔原告準備書面1,被告準備書面(2)〕)。
11  原告は,その後aビルについて,電気工事(屋上アンテナ調査・撤去,1階入口外灯交換,照明器具購入,台所換気扇交換),階段塗装工事,汚水枡交換工事も追加施工した(甲9,弁論の全趣旨〔原告準備書面1〕〕。
12  原告は,本件工事を請け負うにあたり,被告に対し,改正前特商法5条1項,4条各号所定の各事項(役務の対価,対価の支払時期及び方法,役務の提供時期,特商法9条1項所定の役務提供契約の解除に関する事項,その他平成20年経済産業省令第74号による改正前の特定商取引に関する法律施行規則(以下「改正前施行規則」という。)3条所定の事項〔役務提供事業者の名称,住所,電話番号,代表者の氏名,役務提供契約の締結を担当した者の氏名,役務提供契約締結の年月日,当該役務の種類,契約に解除に関する定めがあるときのその内容,その他の特約があるときのその内容〕)について,その請負契約の内容を明らかにする書面(以下「特商法5条書面」という。)を交付しなかった(争いなし)。
13  原告は,平成19年6月8日には,本件工事を全部完了したと主張して,被告に対し,工事費総額が906万6944円であることを前提に,既払金300万円を控除した606万6944円の支払をするよう求めた(甲9,弁論の全趣旨〔原告準備書面1〕)。
14  被告は,原告に対し,平成19年7月下旬ころ,本件工事の請負代金の一部200万円を追加支払した(争いなし)。
15  原告は,平成20年7月8日,被告に対し,本件工事の請負残代金406万6944円が未払であるとして,本訴を提起し,その訴状副本は同月28日に被告訴訟代理人宛送達された(当裁判所に顕著な事実)。
16  被告は,原告に対し,平成21年2月3日の第5回弁論準備手続期日において,本件工事の施工に際し,原告に特約違反の債務不履行及び工事自体の不完全履行があったために,被告は原告に対し,合計529万1818円を下らない損害賠償請求権を有すると主張して,同請求権と,原告の請負残代金請求権を,その対当額をもって相殺する旨の意思表示をした。
17  被告は,平成21年5月13日,原告に対し,本件工事の請負契約に際し,原告が被告に特商法5条書面を交付していないことを指摘し,特商法9条1項のいわゆるクーリング・オフ規定に従って,本件工事の請負契約を解除する旨の意思表示を,内容証明郵便をもって発した(争いなし〔乙8〕)。
18  本件工事は,aビルの外壁及び屋上等の改修を目的とした工事であって,改正前特商法2条4項所定の「指定役務」,すなわち,平成16年法律第44号平成19年政令第183号(同年7月1日施行)による改正前の特定商取引に関する法律施行令(以下「改正前施行令」という。)3条3項,別表第三の14号所定の「家屋,門若しくは塀・・・の修繕又は改良」に該当する指定役務に含まれるものである。
また原告は,被告との間で,本件工事の請負契約を,原告の営業所,代理店,改正前施行規則1条各号所定の場所以外の場所において締結したものであり,本件請負契約に基づく本件工事は,改正前特商法2条1項所定の「訪問販売」に該当する。
第4  争点とこれに関する当事者の主張
1  追加工事を除く本件工事の請負代金に関する合意の有無及びその金額
(原告の主張)
(1)原告と被告は,平成19年3月30日の時点では,外壁改修工事,屋上防水工事,東面の外壁全面貼り替え工事を含む外壁タイル工事,外部防火ガラリ・フード交換工事について,その請負代金総額を829万5000円(内訳・外壁改修工事290万円,屋上防水工事290万円,外壁タイル(東面全面貼り替え含む)工事168万円,外部防火ガラリ・フード交換工事43万円,値引き1万円,消費税を含めて,見積総額829万5000円)(甲7)とする合意をした。
(2)その後,平成19年4月5日までに,aビルの1階北面の一部(エントランス横部分)の外壁についても,そのタイルを全面的に貼り替える方法による補修工事をすることに変更されたため,前記合意金額のうち,東面の外壁全面貼り替え工事を含む外壁タイル工事168万円については,これを198万円に増額変更する見積書(甲8)に基づき,当事者間でその旨の合意をした。そのため,この時点で,前記工事の総請負代金額は,861万円(内訳・外壁改修工事290万円,屋上防水工事290万円,外壁タイル(東面全面貼り替え含む)工事198万円,外部防火ガラリ・フード交換工事43万円,値引き1万円,消費税を含めて,見積総額861万円)に増額変更された。
(3)さらに,その後実際の作業量の増減に合わせて,工事代金額は,平成19年6月8日までに,外壁改修工事が304万円,屋上防水工事が297万3000円に増額変更された一方,外壁タイル工事は187万6000円に減額された。
以上の最終金額と,外部防火ガラリ・フード交換工事43万円,値引き1万円と併せると,本件工事の請負代金総額は872万4450円(消費税込み)になる。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
原告代表者は,平成18年9月末ころ,原告に対し,外壁改修工事,屋上防水改修工事につき,それぞれ290万円ずつとする見積書(甲1の1,甲1の2)を交付したものの,値引きにより総額550万円とし,消費税を入れても577万5000円で工事を行うことを請け負った。その2,3日後に,Bが,被告に対し,550万円という話は撤回し,全部で600万円位は用意してもらいたい旨発言したため,被告も,全工事代金として600万円程度の出費を要することは了解していたが,その後も明確な請負代金額が合意されることはないまま,本件工事が開始されたものである。
被告としては,前記合意後の追加変更工事を含めても,600万円の予算枠を大幅に超過することはないものと考えていたのであり,その後の話し合いでも,詳細な工事代金査定がなされることなく現在に至っている。
2  追加工事の請負代金の相当額
(原告の主張)
原告は,本件工事の期間中に,被告から,電気工事,階段塗装工事,汚水枡交換工事を追加で請け負った。
これらの追加工事についてはあらかじめ請負代金額の合意は存在しないものの,その工事内容からして,総額34万2494円(内訳・電気工事15万2500円,階段塗装工事8万5000円,汚水枡交換工事5万9200円,廃材処分費2万5000円,現場管理費5%,値引き1万1600円,消費税を含めて,総額34万2495円,甲9)とするのが相当である。
(被告の主張)
原告が,本件工事期間中に,電気工事,階段塗装工事,汚水枡交換工事の各追加工事を行ったことは認める。
その工事代金額につき,34万2494円が相当とする主張は争う。
3  契約解除の抗弁に対する訴訟法上の主張制限の当否(クーリング・オフによる契約解除の抗弁は,審理計画による期間経過後の提出又は時機に後れた攻撃防御方法として,却下されるべきか否か)
(原告の主張)
被告は,平成20年7月8日の本訴提起を受け,同月28日にその訴状副本を受領した後も,平成21年5月13日になるまで,本件工事の請負契約について契約解除(クーリング・オフ)の意思表示を行わず,本訴においても,同日付準備書面(4)(原告代理人の受領確認日は同月15日)をもって主張するまで,前記契約解除の抗弁を主張しなかった。
本訴は,弁論準備手続において,平成21年4月13日には裁判所の事実整理案が提示され,同年5月8日までに各人の主張の最終チェックを済ませることとされていたが,同日までに被告から前記契約解除の抗弁は主張されないまま,同日に裁判所が提示した最終的な事実整理書をもって弁論準備手続は終結された。
かかる訴訟進行経過に鑑みれば,本訴においては,民事訴訟法147条の3所定の審理の計画が定められた場合といえるのであり,遅くとも平成21年5月8日までになされなかった契約解除の抗弁は,同法157条の2の「攻撃又は防御の方法を提出すべき期間が定められている場合」における「その期間の経過後に提出した」攻撃防御の方法に該当するのは明らかである。
実際に原告は,従前の訴訟経過からは予想外の新たな争点について,平成21年5月25日に既に予定されていた証人尋問への対応を含めて,急遽対応することを余儀なくされ,「訴訟手続の進行に著しい支障」を生じたのであるから,かかる主張については,同法条により,却下されるべきである。
仮に本訴が,審理の計画が定められた場合に該当しなかったとしても,本訴において,被告が,平成21年5月13日になって初めて前記契約解除の抗弁を主張したことは,「故意又は重大な過失により時機に後れて提出した」ことが明らかである上,契約解除の要件事実にも争いがある本訴においては,「これにより訴訟の完結を遅延させることなる」のもまた明らかであるから,民事訴訟法157条1項によっても,却下されるべきである。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
平成21年5月8日の弁論準備手続期日では,被告において,工事瑕疵について追加的な主張を付加することを表明しており,少なくとも被告は,同期日をもって,すべての主張整理が終了したとの認識は有していなかった。
また,被告が前記弁論準備手続期日後にクーリング・オフによる契約解除を主張したからといって,特別に訴訟手続を遅延させるものとはいえないから,同主張の提出が却下されるいわれはない。
4  改正前特商法9条1項の適用除外事由の存否(本件工事は,同法26条2項1号又は2号の各適用除外事由に該当するか否か)
(原告の主張)
(1)本件工事は,改正前特商法26条2項1号所定の「その住居において・・役務提供契約の申込みをし又は・・役務提供契約を締結することを請求した者に対して行う訪問販売」に該当するから,改正前特商法9条1項の適用は除外される。
すなわち,原告従業員のBは,平成15年にこそ飛び込み営業の方法をもって被告宅を訪ねたが,その際,原告からaビルの外壁及び屋上工事の見積書を交付したのは,被告からの依頼を受けてこれに応じたものに過ぎないし,その際は実際の発注にまでは至らなかった。その後原告は,平成16年,平成17年,平成18年と,被告から他の仕事につき発注を受け,その都度何の問題もなく物品の販売もしくは請負工事の仕事をこなしており,原告と被告間には,被告が取引を希望した時に原告に連絡して発注を行い,原告はこれを請け負うという,得意客としての関係が既に形成されていた。そして被告は,平成18年になって改めてaビルの外壁工事及び屋上工事の見積書を出すよう請求したため,原告は平成18年9月18日付見積書を交付したのであるし,原告と被告は,この見積書に基づいて,平成19年3月に本件工事の請負契約を締結したのである。
そうすると,本件工事の請負契約は,まさに被告が,「その住居において・・役務提供契約を締結することを請求した」ために,これに応じて原告担当者が被告宅を訪ねて締結した契約にほかならず,改正前特商法26条2項1号に該当し,同法9条1項の適用は除外されるものである。
(2)また,本件工事は,改正前特商法26条2項2号所定の「・・役務提供事業者がその営業所等以外の場所において・・・指定役務につき・・役務提供契約の申込みを受け又は・・・役務提供契約を締結することが通例であり,かつ,通常・・・役務の提供を受ける者の利益を損なうおそれがないと認められる取引の対象で政令で定めるものに該当する訪問販売」で,かつ改正前施行令8条1項2号,同1号の「・・店舗役務提供事業者〔現に店舗において役務の提供を行っている役務提供事業者〕が顧客(当該訪問の日前1年間に,当該・・役務の提供の事業に関して,取引のあった者に限る。)に対して・・・その住居を訪問して役務提供契約の申込みを受け若しくは役務提供契約を締結して行う役務の提供」にも該当するから,この点からも,改正前特商法9条1項の適用は除外される。
すなわち,原告は,肩書地所在地に現に店舗を構えており,契約の締結や見積もりなどは顧客の要望次第で日常的にこの店舗内で行っている。
そして原告は,前示のとおり,平成16年,平成17年,平成18年と,被告から継続的に仕事の発注を受けており,平成16年3月には改修する賃貸アパート用の流し台とガス台の販売を,また平成17年6月には避難ばしごの交換工事を,平成18年7月には駐車場の電動開閉器(シャッター)の修理工事を,それぞれ行っており,原告と被告間には,被告が取引を希望した時に原告に連絡して発注を行い,原告はこれを請け負うという,得意客としての関係が既に形成されていた。
そうすると原告は,平成19年3月に訪問した被告宅で,そのころ本件工事の請負契約を締結したものであるが,その訪問の日前1年間に,本件工事の請負契約の事業に関して,被告との間で,前記電動開閉器(シャッター)修理工事という取引をしていたことが明らかであるから,本件工事は,まさに「店舗役務提供事業者が,その営業所等以外の場所において,役務提供契約を締結することが通例であり,かつ,通常,役務の提供を受ける者の利益を損なうおそれがないと認められる取引の対象で,当該訪問の日前1年間に,当該役務の提供の事業に関して,取引のあった顧客に対して,その住居を訪問して役務提供契約を締結して行った役務の提供」として,改正前特商法26条2項2号に該当し,同法9条1項の適用は除外されるものである。
(被告の主張)
(1)本件工事が,改正前特商法26条2項1号に該当することは争う。
被告は,原告に対し,被告宅で本件工事の請負契約を締結するために,原告を呼び寄せたことはない。
もともと被告は,aビルの外壁及び屋上の改修工事をする意思は全く有していなかった。ところが,原告従業員Bが,営業のために飛び込みで訪問してきたことをきっかけに,その後の長期間にわたる熱心な営業活動の結果として,本件工事に着手することになったものである。しかもB及び原告代表者は,いわゆる「点検商法」という手法で,aビルの外壁を鉄の棒のようなものでなぞっては,「タイルが浮いている。タイルが剥落して通行人にケガでもさせたら大変」などと申し向けてリフォーム工事の必要性を説き,またBは,被告が頼みもしないのに手土産を持参するなどして頻繁に被告宅を訪れ,外壁工事の跡がビルの美観を損ねることになるとして,工事の実施を渋っていた被告に対し,外壁工事の「補修跡が目立たなくするうまい方法がある」などと外壁工事の必要性をねばり強く説いて営業活動を続けた結果,被告は,いわば洗脳されたような状態となって,Bから交付された見積書の範囲内で,本件工事を依頼しようかと思うようになり,契約締結に至ったものである。その過程で,たまたま被告からBに対して連絡を取ったり,見積もりを依頼したことがあったとしても,それは原告による一連の訪問販売の一部に過ぎない。
以上によれば,本件工事の請負契約が,被告の請求によって,被告宅で締結されることになったといえないことは明らかであって,改正前特商法26条2項1号には該当しない。
(2)本件工事が改正前特商法26条2項2号に該当することは争う。
5  クーリング・オフによる解除権行使の権利濫用該当性(クーリング・オフによる解除権行使は権利濫用として許されないか否か)
(原告の主張)
原告は,本件工事の完成後,平成20年3月16日到達の内容証明郵便をもって請負残代金の支払を督促し,被告自身とも電話交渉を数回行ったが,「病気で入院する」「弁護士と相談中だから待って欲しい」等と引き延ばしを受け,被告代理人らからの回答が届いたのは同年4月16日であったが,その後も当該代理人の一人が入院したことを理由に実質的な協議を拒否され続け,同年6月9日にようやく被告代理人と協議をすることができたが,同月20日には交渉が決裂し,同年7月8日の本訴提起となった。そして,前示のとおり,その後も当事者双方は互いの主張を尽くし,平成20年5月8日には従前の手続経過を踏まえて主張が整理された上で弁論準備手続が終結されたが,被告は,その後である同月13日に,初めてクーリング・オフによる本件工事の請負契約の解除の意思表示を発し,その旨の主張を行ったのである。
その間,被告はいつでも容易にクーリング・オフの主張をすることが可能だったにもかかわらず,本件工事の完了から2年近くが経過するまで,これをしなかったのであって,かかる経緯に照らせば,被告自身,本件工事の契約締結に至る事情は,自らの積極的意思に基づいて締結されたものであることを十分認識し,何ら不当なものとの認識を有していなかったことが明らかである。
結局被告は,十分な考慮の時間と機会を与えられた上で原告と本件工事の請負契約を締結しながら,その完成状態が気に入らないという理由だけで代金の一部の支払を拒否し続け,本件工事完了から2年近く(被告代理人を交渉役として選任した後から起算しても1年以上)が経過した後になって,クーリング・オフによる解除を主張したのであって,かかる主張を許せば,契約当事者である原告の期待を何ら正当な理由なく裏切る結果となるのであって,取引の円滑を害するのみならず,著しく社会正義と公正に反するものであり,権利の濫用として許されない。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
特商法は,訪問販売による契約が事業者主導で締結され,その内容が不明確となりやすいなど,消費者に不利益な事情があることを背景に,クーリング・オフ規定をもうけているものであり,原告は,訪問販売を行ったにもかかわらず,クーリング・オフの適用があることを原告に告知していないばかりか,本件工事の請負契約の内容を記した契約書面そのものさえ作成,交付していないのである。特商法5条書面を一切作成,交付していないという重大な義務違反を自ら行っておきながら,原告からの告知に基づくことなく,クーリング・オフ規定に気付いてその権利を行使した被告に対し,ただその権利行使の時期が遅かったという理由だけで,それが権利濫用であると主張することは,特商法が,消費者にクーリング・オフの権利を付与し,その権利行使が可能となるよう,事業者に当該権利行使が可能である事実を消費者に告知するよう義務付けているその制度趣旨に反するもので,到底許されないことである。
6  外壁タイル工事における美観保持特約の存否
(被告の主張)
被告は,外壁タイル工事については,タイルの一部だけが交換されることにより,色や風合いが他のタイルと異なるために,パッチワークのように不統一に見えることを強く嫌い,原告との間で外壁タイル工事を発注する際にも,そのようなタイルの色調光沢等の相違により,一見して外壁タイルに不統一があることが分かるような状態を回避するような方法で,その改修工事をなすべきことを,特にその債務の内容とする特約(以下「本件特約」という。)をした。
(原告の主張)
被告の主張は否認する。
原告は,タイル全面貼り替えを選択した正面(東面)や,北面のエントランスの一部を除いては,欠損等のあるタイルのみを貼り替えるという工法でタイル工事を行うことを被告に告げており,被告はそれを前提に,自分の従兄弟にあたる1級建築士たる訴外C(以下「C」という。)とも相談の上,貼り替え工事に使用するタイルを自ら選択したものである。原告従業員は,被告に対し,タイルの一部の貼り替えをする以上,既存のタイルとは微妙な色や風合いの違いが生まれ,全く同一のようには見えないことを,繰り返し説明していたものであり,原告が,被告主張のような本件特約につき被告と合意したことはあり得ない。
7  相殺の自働債権となるべき被告の損害賠償請求権の存否及びその金額
(被告の主張)
原告は,本件工事について,以下のとおりの債務不履行(不完全履行)を行っており,その結果として被告には,以下のアないしウのとおり,合計529万1818円を下らない損害が生じているから,被告は原告に対し,同額の損害賠償請求権を有する。
(1)本件特約の債務不履行
被告は,本件特約に反して,外壁タイルの一部のみを貼り替えた結果,その色調光沢の相違等から,一見してその外壁がパッチワークのように不統一の状態に見える外壁にしてしまった。
その不統一状態を解消して損害を回復するには,正面(東面)や北面の一部(エントランス部分)以外の全部の外壁につき,タイルの全面貼り替え工事を実施するしかなく,そのために要する費用は,以下の通り合計458万2801円を下らない。
ア 仮設足場工事費 86万7360円
イ 南面貼り替え工事 140万5147円
ウ 北面貼り替え工事 140万5147円
エ 西面貼り替え工事 140万5147円
(2)パラペット工事の瑕疵
原告は,パラペット(ひさし)について,ケロイド状の醜い仕上がりのまま放置しており,かかる外壁塗装工事は,その工事内容として不十分なものである。
その醜状を解消するには,当該塗装工事代金69万8925円の少なくとも半額にあたる34万9462円相当につき,瑕疵修補に代わる損害賠償金を必要とする。
(3)壁面洗浄の瑕疵
原告は,外壁改修工事を行うにあたり,その1階奥の壁面について洗浄作業をしていない。これは,外壁改修工事の一部の債務の不履行であって,同工事の瑕疵にあたる。
この壁面洗浄を実施するには,以下の通り合計35万9555円の費用を要する。
ア 外壁タイル薬品洗浄 20万4000円
イ 外壁塗装面高圧水洗浄 3万8775円
ウ 清掃・高圧洗浄 3万6780円
エ 送圧ポンプ車 8万円
(原告の主張)
被告の主張事実は否認し,争う。
原告は,被告との間で本件特約自体を合意しておらず,一部タイルの貼り替え工事の結果,外壁のタイルが一見して不統一の状態になっているからといって,それが本件工事の瑕疵もしくは債務不履行に該当する余地はない。
また,パラペット工事における「ケロイド状の醜状」と称するものは,通常,全く人目に付くことのない部分であり,その機能,性状に照らして,何ら工事瑕疵にあたるようなものではない。
さらに外壁の壁面については,原告は,本件工事実施に必要な洗浄はすべて実施済みであり,洗浄については,何らの瑕疵もない。
第5  争点に対する判断
1  争点3(契約解除の抗弁に対する訴訟法上の主張制限の当否)について
(1)前提事実のとおり,原告による本件工事の請負契約は,改正前特商法2条4項所定の「指定役務」に該当し,他方で原告は,被告との間の本件工事の請負契約を,原告の営業所等ではなく,被告宅において締結したものであるから,本件工事は,改正前特商法2条1項所定の「訪問販売」に該当するものであるところ,原告が被告に対し,特商法5条書面を交付していないことは当事者間に争いがない。そうすると,本件工事の請負契約は,原則として改正前特商法9条1項による契約解除の対象となるものである。
そこで,本訴では,請求原因事実たる本件工事の請負契約の内容の確定に先立って,被告からの改正前特商法9条1項による契約解除の抗弁の当否に関する争点につき,検討することとする。
(2)原告は,まず本件訴訟について審理計画が定められていたことを前提に,これにより定められた攻撃防御方法を提出すべき期間の経過後に,被告がクーリング・オフによる契約解除の抗弁を主張したことを理由として,民事訴訟法157条の2本文により当該抗弁は却下すべきであると主張する。
しかし,本件訴訟において,当裁判所は,確かに平成20年5月8日の弁論準備手続終結日に先立つその前回期日において,次回期日を弁論準備手続終結予定とすること,よってなすべき主張があれば次回期日までに行うべきことを当事者双方に指示していたものの,それは一般的な訴訟指揮として行ったにとどまるもので,民事訴訟法147条の3所定の審理計画として定めたものではない(当裁判所としても,審理計画を定めることを予定してその旨当事者双方と協議したものではないし,審理計画の定めとしてその旨を調書に記載したわけでもない。)。
とすれば,審理計画をもって定められた攻撃防御の提出期間が平成20年5月8日であったことを前提に,期間経過後の攻撃防御方法の提出として,前記契約解除の抗弁の却下を求める原告の申立ては,採用の余地がない。
(3)次いで原告は,時機に後れて提出された攻撃防御方法であることを理由に,クーリング・オフによる契約解除の抗弁を却下すべきであるとも主張する。
そして確かに,本訴の審理経過を見れば,当裁判所は,平成20年4月13日の第7回弁論準備手続期日において,その時点における各当事者の主張をまとめた主張整理案を双方に交付した上,次回期日が弁論準備手続の終結予定であることを告げて,それまでに追加主張すべきことがあれば主張することを指示した上,次回期日を同年5月8日と定めたほか,弁論準備手続終結後の口頭弁論期日をも同月25日午前11時及び同日午後1時30分とする旨定めて,同期日に合計3名の人証(原告担当者B,被告の相談相手となった親戚の建築士,被告本人)調べを行う旨証拠採用決定まで行ったこと,にもかかわらず被告は,同年5月8日の第8回弁論準備手続期日までにクーリング・オフによる契約解除の抗弁を主張せず,同期日において当裁判所が双方に交付した主張整理書にも異議がない旨述べ,ただ被告の相殺の抗弁における自働債権たる損害賠償請求権の内容については,主張整理書に追加して主張すべきものがあれば主張する予定である旨留保したにとどまったこと(なお,その後結果として自働債権たる損害賠償請求権の追加主張はなされなかった。),そのため当裁判所は予定どおり同期日をもって弁論準備手続を終結したこと,そして被告は,それから5日間が過ぎ,既指定の人証調べ期日が2週間足らず先に迫った同月13日になって,初めてクーリング・オフによる契約解除の意思表示を発し,その旨の抗弁主張を同日付準備書面で行い,原告はその副本を同月15日に受領したことが確認されていること,他方で被告には,平成20年7月8日に提訴された本件訴訟に応訴した最初の時点から,弁護士たる訴訟代理人が選任されていたことは,当裁判所に顕著である。
そうすると,被告が,平成20年5月13日よりずっと早期の段階で,前記クーリング・オフによる契約解除の意思表示とその旨の抗弁主張を行うことは,実に容易なことであったといわざるを得ないのであって,当該主張の提出時期が,前示のとおりあらかじめ予告されていた弁論準備手続終結日の後である平成20年5月13日になったことについては,被告の重大な過失によって,明らかに時機に後れた攻撃防御方法を提出したものといわざるを得ない。
(4)しかしながら,原告は,平成20年5月21日には,同月25日付けの準備書面4をもって,クーリング・オフによる契約解除の抗弁に対し,再抗弁となるべき特商法9条1項の適用除外となる同法26条2項1号該当性の主張及び権利濫用の主張を行うと共に,訴訟法上の制限による前記抗弁主張却下の申立てを行い,同月25日の人証期日には,当事者双方が,クーリング・オフとのその適用除外の当否等といった論点についても念頭に置いた上で,人証調べが予定どおり実施され,その尋問結果を踏まえて,同年7月14日の最終口頭弁論期日には,原告がさらに特商法9条1項の適用除外となる同法26条2項2号該当性の主張を行って,弁論終結に至ったものであって,前記抗弁主張の提出が時機に後れたことにより,訴訟の完結を遅延させることになったと認めることはできない。
とすれば,民事訴訟法157条1項により,前記クーリング・オフによる契約解除の抗弁を,却下することもできないというべきである。
2  争点4(改正前特商法9条1項の適用除外事由の存否)について
(1)原告は,本件工事は,被告が請求して被告宅で締結された請負契約に基づいて行われた工事であるから,改正前特商法26条2項1号所定の訪問販売に該当するとして,同法9条1項のクーリング・オフ規定の適用除外となる旨主張するところ,被告はこれを争う。
(2)そこで検討するに,前提事実によれば,確かにBは,平成15年に,営業のため,飛び込みで被告宅を訪問した上,aビルの外壁改修工事と屋上防水工事について見積書を提出しているところ,当時のBは,まさしく営業活動の一環として被告宅を訪問していたこと,当時のaビルに,改修工事の必要性を被告に感じさせるような具体的不具合が生じていたことを認めるに足る証拠もないこと等に照らして,原告が前記見積もりを行ったのは,特段被告からの積極的な見積もり依頼があったためではなく,やはりBからの勧誘の結果,被告が見積もり作業に同意したためと解するのが相当である。とはいえ,被告は,結局のところ平成15年の時点では,その見積もりに応じた外壁改修工事や屋上防水工事を発注することは拒否したのであるし,それから平成19年3月以降の本件工事までには3年以上が経過していることを考えると,平成15年当時のBによる最初の飛び込み営業による勧誘が,本件工事の請負契約締結に直結した活動であったということは到底できない。
そして,その後のBは,比較的頻繁に被告宅を訪ねて行くようになり(被告本人),その結果として,原告は被告から,平成16年には流し台とガス台の販売を,また平成17年6月には代金額19万9000円で避難ばしごの交換工事を(甲15),平成18年7月には代金額20万2650円で駐車場の電動シャッターの修理工事を(甲16),それぞれ請け負ったことがあったが,これらの取引については特段の問題は生じなかったこと,Bは,度々被告宅を訪問する際にも,毎回のように本件工事の実施を求めていたわけでもないし,むしろご機嫌伺いや日常的な挨拶回りの一環のような様子で被告宅を訪ねていたものであって,その活動は,当然営業活動の一環だったというべきではあるが,本件工事発注に向けての強引ないしは執拗な勧誘があったとは認めがたく(被告本人4~6頁),むしろ,少なくとも本件工事の途中で雨漏り事故が生じたことをきっかけに,それに対する原告の対応に不満を抱くまでの被告は,Bや原告に対し,強い信頼を寄せていたこと(証人C10~13頁)が認められる。
そして被告は,平成18年には,Bに対し,aビルの外壁改修工事と屋上防水工事について見積書を作成するよう依頼し(甲10,証人B4頁,被告本人7頁,23頁),Bは,これに応じる形で,各工事について,それぞれ請負代金額290万円ずつとする同年9月18日付の見積書各1通を作成し,原告に交付していること(前提事実),被告は,この見積書を持参して,静岡県沼津市在住の1級建築士たるCの下までわざわざ出向き,その見積額の妥当性や工事内容等について相談してアドバイスを受けていること(乙5,6,証人C2,3頁,被告本人8,9頁),その後少なくとも平成19年3月には,被告の方から原告に対し,外壁改修工事と屋上防水工事をいつから始めるのか確認を求め,早期の着工を促す連絡を入れ,その結果としてBが被告宅に出向いて,各工事の日程を決め(被告本人11,12頁),同月半ばに足場を組み始めるなどして,同月30日ころの本件工事着工に至ったこと(前提事実)が認められるのである。そうすると,被告が,外壁改修工事や屋上防水工事の施工や,当該工事を原告に発注することを決断した経緯,原因の中には,Bが約3年間にわたり,何回となく被告宅を訪問して,営業活動をしてきたことが影響しているのは間違いないと解されるにしても,そこでの最終的な請負契約成立までの過程において,特商法における訪問販売規制という制度趣旨が想定するような,不意打ち的,押し付け的な契約締結という契機があったとは認めがたい。
なお,被告は,平成15年当時のBや原告代表者による見積書の作成,交付行為が,外壁のタイルを棒のようなものでなぞって,タイルが浮いているのが分かる等と装って,工事の実際を勧める,いわゆる「点検商法」に該当するものであった等と主張するが,aビルはその時点で既に築24年程を経ていたというのであって(乙22),外壁改修事の必要性自体が,一見して明らかという程ではないとしても,それがなかったと断言できるものではないし,原告は,結局平成15年当時のリフォーム工事の実施を断っており,他方のBが,かかる被告の意向を無視して強引に工事を実施させようとした様子もないのであって,平成15年当時の原告の行為が,いわゆる「点検商法」(点検名目で訪問先に上がり込んでは,さも改修が必要であるかのように虚偽の事実を述べて,実際には必要のないリフォーム工事等を発注させる手法)であったと認めることはできない。
(3)以上によれば,被告は,Bの日常的な訪問による営業活動を受けながらも,自ら希望して外壁改修工事と屋上防水工事の再度の見積もりをするよう原告に求め,提示された見積額を基礎に建築士にも相談して検討した上で各工事の実施を決断し,原告に対し本件工事の早期の着工を促し,これを受けて被告宅を訪問したBとの間で,本件工事の請負契約を締結したということができるのであって,かかる経緯で当事者間に成立した請負契約は,被告からの請求により,被告の住居において締結された契約にあたるというべきである。
そうすると,本件工事の請負契約は,改正前特商法26条2項1号所定の訪問販売に該当するものとして,同法9条1項のクーリング・オフ規定の適用除外となるから,同条項による契約解除を主張する被告の抗弁には理由がない。
3  争点1(追加工事を除く本件工事の請負代金に関する合意の有無及びその金額)について
(1)原告は,追加工事を除く本件工事の請負代金額については,当事者間で,平成19年3月30日の時点で,総額829万5000円(消費税込み)にすることが合意され,その後同年4月5日までに,総額861万円(消費税込み)と増額変更することが合意され,最終的には同年6月8日時点までに,総額872万4450円(消費税込み)とすることに変更されたと主張するのに対し,被告は,平成18年9月末ころの時点で,一旦総額550万円とすることが合意され,その後Bからの申し入れにより総額600万円と変更したい旨の申し出は受けたが,最終的な請負代金額は確定されることのないまま,本件工事が開始されたと主張する。
(2)そこで検討するに,Bは,平成19年3月30日の時点で,被告宅に同席していたCを交えて被告と協議した際に,請負代金総額を829万5000円(消費税込み)とすることで合意した旨供述するところ(証人B12,13頁,甲10),その金額は,原告が被告に対し,その翌日である同月31日付で作成,交付した,工事代金総額を829万5000円(消費税込み)とする見積書(甲7)と同じ金額であり,当事者間にBの供述どおりの代金額の合意が成立したからこそ,原告がその翌日に同額の見積書を作成して交付したと解するのは,大変自然なことである(なお,被告は,平成19年3月31日付代金829万5000円の見積書(甲7)自体,受領したか否か分からないように供述する(被告本人20,21,24~26頁)が,被告が前記829万5000円の見積書を受領していることは,その主張書面(被告準備書面(2))中で認めていたところであって,この点の被告の供述は容易に信用することができない。)。
また,前記総額829万5000円(消費税込み)の内訳を見ると,外壁改修工事290万円,屋上防水工事290万円,外壁タイル(東面全面貼り替え含む)工事168万円,外部防火ガラリ・フード交換工事43万円,これらの合算額791万円から1万円を値引きした上,消費税5%を加算した金額が829万5000円となることが分かる(前提事実〔甲7〕)ところ,これら内訳のうち,まず外壁改修工事290万円と屋上防水工事290万円については,平成18年9月18日付けで既に被告に交付済みであった見積書(前提事実〔甲1の1,2〕)の見積額と,同一の金額である。また,外壁タイル工事168万円は,原告が,当初タイルの部分的な貼り替え工事を行うことを前提に作成した平成19年3月26日付38万円(消費税別途)の見積書(甲2)が,翌27日付で168万円(消費税別途)の見積書(甲3)に差し替えられた,その差し替え後の金額と同じものである。前示のとおり,もともと前記平成18年9月18日付290万円の見積書では,外壁改修工事の中でも,タイル貼り替え工事費用については,別途足場調査後に再提案することを前提に,別料金となることが明記されていたこと(甲1の1)を考えると,平成19年3月半ばに足場を組んで調査を始めた後,タイル貼り替え作業について,前示のとおり38万円という平成19年3月26日付見積書(甲2)が新たに発行されたというのは自然な流れである。一方,後に詳述するとおり,被告は,外壁のタイルを部分的に貼り替えることで,タイルの色調光沢が不統一となることを強く嫌い,aビル外壁の正面だけでもタイルの全面貼り替えをすることを希望して,原告の想定外の工法を採用することを決めたと認められる(証人B,証人C,被告本人)から,タイルの部分的貼り替えを前提に作成された前示38万円の見積書(甲2)の後に,改めて外壁正面(東面)のタイルを全面貼り替えとすることを前提とした前記168万円の見積書(甲3)が作成されたというのも,また納得のいく経過である。そして,aビルの外部防火ガラリ・フードの全部交換工事費用43万円も,平成19年3月29日付で新たに作成された見積書(甲4)と同一の金額であるところ,このガラリ・フードの交換工事も,先の平成18年9月18日付290万円の各見積書中には計上されておらず,新しく追加された工事なのであるから,その費用が当初見積金額に新たに追加,上乗せされることは,もっともなことである。
つまるところ,平成19年3月31日付の工事代金総額を829万5000円(消費税込み)とする見積書(甲7)は,平成18年9月18日付の当初見積書による工事代金額に,足場を組んで調査開始後,新たに追加することが決定された,タイルの貼り替え工事,ガラリ・フードの交換工事の代金額を,新たな見積書で提示し,その後にこれらの見積書をまとめる形で作成された見積書なのであって,当該見積金額が提示されるに至った経緯は,大変自然で合理的なものといえる。
そして原告は,平成19年3月30日ころからは,実際にaビルにおける本件工事に着手しているところ,原告が,当初提示した見積書の内容以外に,追加工事をも引き受けることとした以上,着工前に,追加費用分を含めた新たな見積書に基づき,最終的な請負代金額の確定を求めるのは当然のことであり,これらを何ら定めもしないうちに,工事に着工してしまうというのは,まさに点検商法,押しつけ商法的な悪徳業者であればいざしらず,まともなリフォーム業者が行う営業方法としては,一般的なこととはいえない。
まして原告は,平成19年4月3日には,本件工事代金の一部として,300万円を原告に支払っているのである(前提事実)から,それ以前の時点で,具体的な代金額が確定していたと考えるのが自然である。
(3)これに対して,被告及びCは,平成19年3月30日,被告方で,Bと被告とCが一同に会したことは認めながらも,その場で代金額を829万5000円とする合意が形成されたことがなかったばかりか,工事代金に関する話については,300万円の支払をすることが話題に出たものの,その総額をいくらにするかという話については,話題に出なかったかのような,曖昧な供述をするにとどまっている(証人C25,26頁,被告本人20~22,25頁)。しかし,今にも本件工事が着工されようというこの時期に,しかもその直後に300万円の支払をする約束がなされ,現にその支払がなされていながら,これに先だって最終的な代金額の協議自体が全くなされなかったということは,それ自体大変不自然なことであり,被告やCの前記供述は容易に信用しがたい。
なおCは,先に受領した平成18年9月18日付の外壁改修工事,屋上防水改修工事に関する各290万円ずつ(消費税別)(併せて580万円と消費税相当額29万円の合計609万円)の見積書(甲1の1,2)を前提に,平成18年9月か10月(証人C2,3頁),もしくは平成19年1月ころ(乙5),原告代表者との間で,その減額交渉を電話で行い,その結果として代金額を550万円(消費税込みで577万5000円)とすることの合意を得た旨供述し(証人C3,4頁,乙5),その裏付けとして,電話交渉の当時Dが作成したというメモ(乙2)を提出する。しかしながら,原告はかかる事実を否定しているし,前記平成18年9月18日付各290万円の見積書以外に,この金額を減額修正した新たな見積書を発行してもいない。一方のCは,建築士たる資格を有する者として,請負代金額が減額修正されて合意されたのであれば,その旨明記した新たな見積書や契約書を持参するよう指示してもしかるべきであるのに,その旨要求をした様子もない。また,もともと前記平成18年9月18日付見積書は,タイルの貼り替え工事など,足場を組んで現場を見なければ金額が確定できない部分を別料金で追加計上することを想定している見積書なのであって,実際の工事金額は,前記見積額から一定程度増額されることが予定されていたものである。それなのに,原告代表者が,それまで取引関係を有したこともなければ,1度も面識すらなかったCとの間の,突然の電話協議だけで,安易に請負代金額を550万円(消費税込み577万5000円)に減額することに応じるとは考えにくい。しかも被告は,前記電話協議による合意が形成された二,三日後には,Bが訪ねてきて,請負代金を550万円とする先の合意を反故にして,600万円とするよう改めて申し出たため,被告も,明示的に了承こそしなかったが,やむなく同額程度の出費については覚悟したかのような主張をしているのである(乙6,被告準備書面(2))。しかし,一旦は合意したはずの請負金額を,そのように短期間で,しかも何の理由も説明もなく値上げする旨の申し出をしたり,一方の被告もまた,このように身勝手な申し出に対して特段の反発を示した様子もないというのは相当に不自然なことであるし,少なくとも被告が,最終的な代金額を決定するのための新たな協議や確認を経ることもなく,原告が本件工事に着手するのを許したというのも,はなはだ不可解なことといわざるを得ない。
そうすると,平成18年9月か10月,もしくは19年1月ころの時点で,Cと原告代表者との間で,請負代金総額を550万円(消費税込み577万5000円)とする旨の合意が形成されたとする前記Cの供述は,容易には信用できない。
(4)かかる事情を総合考慮すると,平成19年3月30日に,当事者間において,翌31日付総額829万5000円(消費税込み)の見積書(甲7)のとおり,本件工事のうち,外壁改修工事,屋上防水工事,タイル貼り替え工事〔正面(東面)のタイル全部貼り替え工事を含む〕,ガラリ・フード交換工事の代金総額を,前記829万5000円とする旨が合意されたとする証人Bの供述は信用することができ,この時点で,当事者間には,追加工事を除く本件工事の代金額を,829万5000円(消費税込み)とすることが,一旦合意されたものというべきである。
(5)もっとも,その後である平成19年4月5日,原告は被告に対し,前記工事のうち,タイルの貼り替え工事の代金額を,198万円(消費税別)とする旨の見積書(甲8)を交付しているところ,この点の変更は,そのころ被告が,外壁正面(東面)のタイルのみならず,外壁北面の一部(エントランス部分)のタイルについても,部分貼り替えではなく,全面張り替えとすることを希望したことから(被告本人19,20,23,24頁),これに合わせて代金額を増額変更したものであることが認められ,被告は,この見積書を受領した後も,特段の異議を述べることなく本件工事の続行を認めていたのであるから,そのころの時点で,前記工事代金額は,総額861万円(消費税込み,内訳・外壁改修工事290万円,屋上防水工事290万円,外壁タイル工事(東面全部,北面一部の全面貼り替え工事含む)198万円,ガラリ・フード交換工事43万円,値引き1万円,消費税を含めて,見積総額861万円)に変更されたものと認められる。
(6)ところで原告は,その後実際の作業量が増減したことに合わせて,平成19年6月8日までに,工事代金額が,外壁改修工事につき304万円に,屋上防水工事につき297万3000円に増額変更された一方,外壁タイル工事は187万6000円に減額され,これらにガラリ・フード交換工事43万円,値引き1万円を併せると,本件工事の最終代金額は,872万4450円(消費税込み)になったと主張する。
しかし,原告と被告が平成19年3月30日に合意した総額829万5000円という代金額は,既に足場を組んで実際の現場の状況を確認した後,最終的な請負代金額として提示されたものであり,現にその翌日である同月31日付で出された前記829万5000円の見積書(甲7)でも,内訳として,工事の名称こそ表示されているものの,そこに示された各工事の代金額の算出根拠となる細目が,作業数量や単位,単価等によって細かく記されたような明細書は添付されていない。その後,一部につき工事内容自体の変更(外壁北面の一部についてのタイルの全面貼り替え工事への変更)がされたのに伴い,代金額が変更されるような場合はともかく,最終的な工事施工の結果として,多少の施工面積の増減や必要人員,備品等の増減等があったからといって,その代金額は,減額されるならともかく,被告の合意なくして自動的に増額変更される余地などないというべきである。
とすると,平成19年4月5日の時点で,総額861万円(消費税込み)と合意変更された請負代金額が,その後同年6月8日までの間に,さらに総額872万4450円(消費税込み)に変更されたとする原告の主張には理由がなく,本件工事のうち,外壁改修工事,屋上防水工事,外壁タイル工事及びガラリ・フード交換工事について,当事者間に成立した最終合意代金額は,総額861万円(消費税込み)というべきである。
4  争点2(追加工事の請負代金の相当額)について
一方,原告は,その後aビルについて,電気工事(屋上アンテナ調査・撤去,1階入口外灯交換,照明器具購入,台所換気扇交換),階段塗装工事,汚水枡交換工事も追加施工しているところ(前提事実),かかる工事が,被告の依頼に基づくものであることは被告も認めている(被告本人22,23頁)。
これらの工事については,請負代金額についての事前の合意は存しないが,被告は,建築・リフォーム工事の請負等を業務とする商人であるから,これらの工事についても相当額の報酬請求権を有するところ(商法512条),証拠(甲9,11)によれば,その工事内容からして,原告主張の総額34万2494円(消費税込み)程度の報酬額は,相当なものであると認められる。
5  争点6(外壁タイル工事における美観保持特約の存否)について
(1)争点1,争点2に対する判断を前提とすると,本件工事の請負契約における最終的な請負代金額は,895万2494円になると認められる。
そこで,次に被告による相殺の抗弁の当否を検討する前提として,当事者間に,外壁改修工事に際して,タイルの色調光沢等の相違により一見して外壁タイルに不統一があることが分かる(被告が主張するところの,パッチワークの様になる)状態を回避し,美観を保持するという,本件特約が存在したか否かについて,検討する。
(2)被告は,aビルの外壁改修工事に際しては,Bから,ピン注入工法という方法で,タイルを取り替えることなく補修できると聞かされ,かかる方法で改修できるならば工事を実施するという条件で本件工事を発注したものであるから,当事者間には,ピン注入工法,その他何らかの方法により,外壁がいわゆるパッチワークの様にならないようにするという本件特約が存在したと主張する。
そして,証拠によれば,被告が,外壁がパッチワークの様になるのは嫌だ,とする発言をしていたことは,時期はともかくB自身も認めていること(証人B26,27頁),外壁改修工事に関する平成18年9月18日付見積書(甲1の1)でも,原告は,基本的には,穴を空けたタイル目地に,接着剤様のものを加圧ポンプで注入したピンを挿入して,建物躯体とタイルとを接着する工法(以下「ピン注入工法」という。)による改修をまず提案していること,被告は,aビルの正面(東面)及び北面の一部エントランス部分について,最終的に,他ではほとんど例がなく,費用も格段に高額となる,タイルの全面貼り替えという方法による改修を選択していることに照らせば,被告が,外壁について,タイルの色調光沢等の統一化に強くこだわり,部分的なタイルの貼り替えをすることによってそれが不統一となって,いわゆるパッチワーク様になることを強く嫌っていたこと,そして被告自身のかかる要望については,原告に伝えていたことも認められるというべきである。
(3)しかしながら,他方で証拠によれば,ピン注入工法を採用するにも限度があって,実際にタイルの欠落箇所がある場合には,当該箇所についてピン注入工法を採用することは物理的に不可能だし,ひび割れしているタイル等の場合でも,仮に不可能とはいえないとしても,少なくとも防水性,耐久性といった観点からは,やはりタイルの貼り替えを行った方が優れていること(証人B,証人C30,31頁)が認められるし,原告は,平成19年3月26日には,タイルの部分貼り替え(貼り替え見込み総枚数591枚)工事を前提とする金額38万円の見積書(甲2)を被告に提示し,これに対して被告は,前示のとおり,外壁正面(東面)と北面の一部エントランス部分に限り,タイルの全面貼り替え工事をするよう特に要請して,実際に平成19年3月30日に,Cも交えて貼り替え用のタイルを選択したことが認められる。仮に外壁タイルの全部がピン注入工法をもって改修可能であるならば,そもそも外壁正面についてタイルの全面貼り替えを行う必要自体が全くなかったはずなのであるから,被告は,遅くともその時点までには,原告から,タイルの全部をピン注入工法で改修することはできず,相当多数の枚数のタイルについて,部分的なタイルの貼り替えを行うとする提案を受けていたのは明らかであり,かかる原告の提案に対し,被告が,いかなる場合であってもピン注入工法による改修を行うべきだというような指示や抗議をしなかったことは被告自身が認めるところである(被告本人28,29頁)。そして,被告の相談相手であったCですら,全面貼り替えを求めた外壁正面(東面)や北面の一部エントランスを除く他の外壁面については,タイルの部分貼り替えを行う方法によって改修工事をするものと理解していたこと(証人C7,19,20,31頁)に照らせば,被告も当然に,かかる工法については了承していたものというべきである。
そして,タイルの部分貼り替えを行う以上,従前のタイルと全く同じ色調,光沢,風合いのタイルを見つけ出すことは,不可能を強いるに等しいこと(なお,aビルの外壁タイルは,もともと特別に焼かせた特注品タイルであったが,仮に今回も同じタイルを同じ業者に特注して焼き上げたとしても,経年変化による色あせや風合いの変化等まで再現できるものではない。)を考えると,もとよりタイルの部分貼り替え後に,全く他と変わることのない外観とすることを保証するというようなことは,もともとできようもないし,原告が真に被告からそのような要求をされたとすれば,到底受諾はしなかったものと解される。
そうすると,当事者間において,ピン注入工法,その他何らかの方法により,外壁の改修工事において,絶対にタイルの部分貼り替え工事を行わないとか,全面貼り替えを行わない外壁のタイルについては,その全部をピン注入工法で実施するとか,あるいは部分貼り替え工事を行う場合でも,そのタイルが従前の他のタイルと全く変わらず,決していわゆるパッチワークの様にならないようにするという特約について,原告が,被告と合意していたものとは到底認めることができない。
(4)もっとも,タイルの部分貼り替え工法に同意していたと認められるにせよ,その場合の貼り替えタイルを,出来うる限り従前のタイルとよく似た色調光沢にするよう求めるのは,常識的なことでもあるし,特に被告の場合は,高額の費用を負担して外壁正面等についてはタイルの全面貼り替えを行うくらい,色調光沢の統一化にこだわっていたのであるから,被告としては,貼り替え用に用いるタイルについては,被告からの事前承諾を得ること,そしてその際には,知識経験を有する請負業者の立場として,仕上がり状態を考えた場合に,どのようなタイルであれば従前のタイルと最もよく似た色調光沢,風合いを出すことができるかという点について,相応のアドバイスをすることは求められていたというべきである。
とはいえ,被告は,平成19年3月30日には,Bが持参した種々のタイルを貼り付けた見本帳2冊の中から,1級建築士たるCのアドバイスを参考に,実際のaビル外壁と照らし合わせるなどした上で,貼り替え用のタイルを選択しているところであり(証人C7,8頁),原告が外壁タイルの全面貼り替え及び部分貼り替え工事に用いたタイルは,まさしく被告が選んだ当該タイルであったことが認められる。
そしてBは,前記のとおり被告が選択したタイルこそが,あらかじめ外壁タイルの全面貼り替え及び部分貼り替え用のタイルとして選択されたものだったのであって,被告やCが主張するように,当日選択されたタイルと似た色で,かつツヤのない素焼きのタイルを探すよう指示されたということなどは全くなかったし,むしろBは,持参した2冊のタイル見本帳の中から,光沢のない別のタイルを指して,そちらの方がaビルの外壁のタイルとはよく似たタイルではないかと勧めたにもかかわらず,被告はBの意見を取り合わなかったと述べるところである(甲11,証人B10,11頁)。
これに対して,被告及びCは,選択したタイルは,外壁正面等の全面貼り替え用に用いるタイルというだけで,それ以外のタイルについてはピン注入工法が用いられるものと考えていたとか(被告本人13,14頁),あるいは全面貼り替え用に,似た色合いのタイルは選んだものの,当該タイルは光沢のあるタイルであったため,選択したタイルと似た色で,ツヤのない,すなわち光沢のない素焼きのタイルを選択するよう指示したとか,選択したタイルは正面の全面貼り替え用に用いるためだけのタイルであって,部分貼り替え工事用のタイルとしては選択していない(証人C8,9,14,16~22頁)等と供述する。しかし,タイルの選択と,最終的な貼り替え工事がなされるまでの経緯に関する被告とCの供述は,そもそも全面貼り替え工事を行う部分以外の壁面について,タイルの部分貼り替え工事を行うか否かという認識の有無や,あるいは平成19年3月30日にBが持参したというタイルの見本が,単なるタイル2枚だったのか,あるいは複数間のタイルが貼られた見本帳2冊だったのか(Bが提示したという見本帳2冊には,各々少なくともタイルが15種類位は貼付されている。甲12の1~6,甲13の1~6)といった点でも,相互の供述に食い違いがあるし,特にCの供述は,Bが持参したタイルの内容(単なるタイル2枚か,見本帳2冊だったのか,あるいは持参された見本品の中に光沢のあるタイプのタイルと光沢のないタイプのタイルの双方が含まれていたか否か),また一旦タイルを選択した後に,被告から改めて,「原告がツヤのない素焼きのタイルは見つからないので,ツヤのあるタイルで工事するしかない等と言っている」等と相談を受けて,改めてツヤのない素焼きのタイルを探すようアドバイスをしたことがあったのか否か,といった多くの重要な部分において,その提出した2通の陳述書(乙5,12),さらには法廷における証言との間で,大きな変遷が見られるところなのであって,それ自体,信用性が高いとはいえない。また被告は,その陳述書(乙6)において,タイルを選択した平成19年3月30日に,Cから,被告が選択したタイルはツヤのあるタイルなので,これとよく似た色合いで,ツヤのない素焼きのタイルを探すよう指示されたとして,その旨Bに依頼していたはずだったにもかかわらず,Bや原告代表者から,そのようなタイルは見つからないし,ツヤのあるタイルのままで外壁正面(東面)のタイル貼り替え工事を行う等と言いはられると,これに明白な抗議をすることもできずに押し切られてしまったというのであるが,その際改めてCに相談してCから直接Bや原告代表者に対して抗議してもらうといった対抗手段も執らなかったのは釈然としないし,その後もツヤのないタイルを改めて選択する機会もなければ,その旨の要求をすることもないままに,全面貼り替えをする正面等以外の外壁は,ピン注入工法その他何らかの補修が目立たない方法で工事してもらえるものと単純に思い込んでいたというのは,かかる思い込み自体が,わざわざ外壁の正面等についてタイルの全面貼り替えを選択したという経緯に照らして,不自然といわざるを得ない。
一方,Bとしてみれば,最終的にaビルの外壁タイルとよく似たタイルが入手できないにしても,施主である被告から明白な指示を受けたのであれば,とりあえず被告が選択したツヤのあるタイルについて,これによく似た素焼きのタイルがないか問い合わせたり,さらなる見本を取り寄せたり,あるいはそれ以上の見本タイルが存在しないのならば,改めてその旨説明して,既存の素焼きのタイルの中から被告の好みのものを再度選択させる,といった手順を取ることも十分可能だったと思われるし,その方が後のトラブルを防止する上でも安全である。当時のBについて,そのような努力自体を最初から一切尽くすことのないままに,強引に被告の指示とは異なる種類のタイルを使って,タイルの貼り替え工事をしなければならないような必要性があったとは,証拠上うかがえないところである。
そうすると,様々な齟齬や変遷があって,信用性が高いとはいいがたい前記被告やCの供述と比較したとき,前記Bの供述の方が信用性あるものといわざるを得ない。そして,前記Bの供述を前提とする限り,原告は,被告の明示の指示の下に,その指定したとおりのタイルを用いてaビルの正面等の全面貼り替え工事や,それ以外の壁面についての部分貼り替え工事を行ったものと認められる。なお,いかなるタイルが既存のタイルとよく似たものであるかという選択に際しても,一般的には,請負業者たる原告には,施主である被告に対する適切なアドバイスを行うべき義務はあるといえようが,本件では,被告が,1級建築士であるCのアドバイスの下,タイルを選択しているのであるから,原告において,タイルの選択の妥当性について,あえてそれと異なる批判的な,あるいは強力なアドバイスをするまでの義務があるともいえない。
そうすると,結局,原告において,部分的なタイルの貼り替え工事を行う以上,出来うる限り従前のタイルとよく似たタイルを用いて工事をなすべきであって,工事に用いるタイルについては被告の事前了解を得ることや,その選択に際しては相応のアドバイスを行うべき義務があったとしても,原告はその義務をいずれも尽くしていたというべきであるし,そうである以上,被告が選択した結果としてのタイルが,従前のタイルと異なる色調光沢を有していたために多少の違和感を生じるものとなっていたとしても,それが原告の債務不履行であるとか,何らかの義務違反を生じるものということはできない。
6  争点7(相殺の自働債権となるべき被告の損害賠償請求権の存否及びその金額)について
(1)争点6に対する判断を前提とすれば,被告が主張する損害賠償請求のうち,本件特約違反を理由として,外壁タイル3面(正面〔東面〕と北面エントランス部分を除く,北面,西面,南面)についての,タイルの全面貼り替え費用相当額を請求する部分について,理由がないのは明らかである。
(2)被告は,他にパラペット(ひさし)について,ケロイド状の醜い仕上がりになっている部分が,不完全履行であるとし,その瑕疵修補費用を請求するところ,その証拠として提出された写真(乙4)を見ても,それが明らかに補修を必要とする程の醜い仕上がりであるとは認められず,しかもその部分は,3階建てのaビルにおける3階のパラペット部分というのであり(乙7の1),仮にその形状について若干の見苦しさがあったとしても,その全面補修をするほどの必要性があるとも認めがたいのであって,結局この点についての原告の施工について,被告の損害賠償請求権を認め得るほどの瑕疵があるとはいえない。
(3)また被告は,原告が,契約に含まれていた外壁壁面の一部について,洗浄作業を履行しなかったとも主張するが,原告はこれを履行したと主張しており,実際に外壁周囲に足場を組み,日常業務の範囲としての一定の手順で清掃作業を行うにあたり,あえて一部のみ洗浄作業を行わないというのも一般的なことではない。そして,被告が,洗浄未了の部分として提出する証拠の写真(乙4)を見ても,具体的に,洗浄が全く行われなかったものと判断できる程に,顕著な汚れや,他の洗浄部分との相違があるとは認めがたい。
さらには,外壁に対する洗浄作業は,仮にこれを行ったとしても,もともと全部の汚れを完全に消すことができると断定できるものではなく,契約内容自体として,汚れの完全な消去を約束するものでもないというべきである(一般的に,いかに完璧な洗浄作業を行ったとしても,落としきれない汚れが残ることもあり得る。)から,仮に被告が指摘した壁面について,若干の汚れが残っていると認められるとしても,それ故に原告が契約された洗浄作業を履行しなかったと認定できるものでもない。
(4)そうすると,被告について,原告の債務不履行と主張する点はいずれもその事実を認めるには足りず,被告について,原告に対する損害賠償請求権が発生しているとはいえないから,これを自働債権とする被告の相殺の抗弁には,理由がない。
7  結語
以上の次第であるから,原告には,被告に対し,本件工事の請負代金として,最終合意金額である895万2494円の請求権があると認められるところ,そのうち500万円については既に支払済みであることから,その残額は,395万2494円であると認められる。
もっとも,原告による本件工事が,最終的にいつの時点で完全に完成したかは必ずしも判然とはしがたいところ(原告は,平成19年6月8日には,完全履行を前提とした最終的な請求書〔甲9〕を作成しているが,B自身も,明確な完成日時を指摘できていないし〔甲10〕,少なくとも前記日時当時は,aビルの周囲に未だ足場が組まれたままの状態であった可能性もあり〔証人C13頁〕,足場が撤去されない状態のままでは,未だ履行が完全に終了したとまではいえない。),どれほど遅くとも,被告が,原告からの平成19年6月8日付の最終的な請求書を受領した後,さらに請負代金の一部200万円を支払ったという平成19年7月下旬までには全部の工事が履行されていたものと推認できるから,原告の遅延損害金請求については,その後である同年8月1日以降に限りこれを認容するのが相当であると認めた。
(裁判官 荻原弘子)

 

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